村山浅間神社

富士山修験信仰の中心 
村山浅間神社

概要

富士山村山口登山道の要所に鎮座。
富士修験の祖「末代」が堂舎を構えた富士山修験信仰の中心。
元は富士山興法寺を構成する1つであり、富士山に対する神仏習合の地として発展した。
世界文化遺産「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」の構成資産。

基本情報

◆所在地 静岡県富士宮市村山字水神1151
◆公式ホームページ http://www.city.fujinomiya.shizuoka.jp/fujisan/llti2b0000001lrf.html
◆社格等
旧県社
元浅間大社摂社
◆創建 伝・孝昭天皇2年
◆札所等 –

祭神

主祭神
木花開耶姫

配神
木花開耶姫(中座)
大山祗命(左座)
彦火火出見命(左座)
瓊々杵命(左座)
天照大神(右座)
伊弉諾尊(右座)
伊弉冉尊(右座)

エピソード

創建

孝昭天皇2年に富士山中腹の水精ケ岳に創建 
崇神天皇朝に神領地を賜る。
応神天皇朝に社殿修造。
大宝元年(701年)に現在地へ遷座。(社伝)

修験信仰

中世になると、富士修験の祖「末代上人」が富士山頂に大日寺を建て富士山修験道の基礎を築き、当社の境内地に堂舎を構えた。
その後、末代の流れを汲む「頼尊」が村山に富士山興法寺を開き、富士山修験道「村山修験」の拠点となり、富士山に対する神仏習合の地として発展した。
14世紀初めには修験者による組織的登山が広まると、1429年には村山に「発心門」が建立された。

発心門・・・修験道において、山上の聖地に至る間に発心・修行・等覚・妙覚の4つの門を設け、それらを通り抜けることによって悟りが開かれると説かれた「四門修行」の最初の入口。

現在でも境内には大日如来を祀る大日堂(旧興法寺本堂)が本殿に並び立つ等、神仏習合時代の形態を留めている。

その後、15世紀後半に、聖護院門跡の「道興」が村山を訪れ、村山修験は聖護院本山派に属することになった。
江戸時代後期に入ると村山修験は衰退していき、神仏分離令が決定的となって事実上廃されることとなったが、聖護院との関係は現在も続いており、7月1日の富士山開山祭では聖護院の修験者が中心となり、村山浅間神社にて護摩焚きを行っている。

大日如来坐像
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武将の崇敬

駿河国を領した今川氏も深く崇敬するとともに、強く介入した。
天文2年(1533年)と同4年に氏輝が神領を安堵して山内諸末社のの賽銭を領することを許し、義元は職員を補任し、山内の法度を定めるなど殆ど今川家直轄の姿を示していた。
豊臣秀吉が天下を統一すると村山郷内に神領75石を安堵した。
江戸時代には将軍家から94石5斗の朱印領が寄せられ、高松藩主松平家を始めとする大名や旗本等も代参を遣わして寄進、祈祷をなすなど武家による崇敬も盛んで、また社殿の修造には九条関白家を始めとする公家衆からの寄進があった。それとともに諸国からの修験者も蝟集し、その勢いは浅間本宮大社と拮抗する程であった。

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