日本三大美祭り 秩父夜祭

秩父夜祭(ちちぶよまつり)は、毎年、12月1日から6日に開催される埼玉県秩父市の秩父神社の例祭です。
提灯で飾り付けられた山車(笠鉾・屋台)の曳き回しや、冬の花火大会で知られます。

毎年、20万人の人手があります。

秩父夜祭は、埼玉県秩父市に鎮座する秩父神社の例祭です。

秩父神社の概要は以下。
◆秩父神社
創建1900年を超える関東屈指の古社。
日本神話「岩戸隠れ」と「天孫降臨」で指導的な役割を果たした知恵物であるオモイカネを祭神とするため、学問に御神徳が高い。
その南東に聳える武甲山を遙拝する聖地であり、神仏分離以前は、北極星・北斗七星を神座とする妙見菩薩を祀る妙見信仰の社として栄える。

国の重要無形民俗文化財に指定。
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出典:wikipedia

1.京都の祇園祭、飛騨の高山祭と並んで日本三大美祭及び日本三大曳山祭の一つに数えられます。

京都の祇園祭(八坂神社)

飛騨の高山祭(春の日枝神社例祭「春の山王祭」と、秋の櫻山八幡宮例祭「秋の八幡祭」の総称)

2.真夜中に神社と武甲山の間にある御旅所で神事を執り行うというのが最大の特徴

最高潮は、大祭の12月3日午後6時半頃にに秩父神社を出発した御神幸行列と6台の笠鉾・屋台が御旅所下の団子坂を笠鉾・屋台が曳き上げられる頃
同時に、煙火町会による奉納花火や観光協会主催の花火の打ち上げも行われます。

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出典:http://navi.city.chichibu.lg.jp/

3.同一の行事に関連して国の重要有形民俗文化財および重要無形民俗文化財の両方に指定されているものは日本で5例のみで、そのうちの一つです。

  笠鉾・屋台は、1962年(昭和37年)に重要有形民俗文化財にしてされており
  1979年(昭和54年)に「秩父祭の屋台行事と神楽」として重要無形民俗文化財に指定されています。
  ※例大祭の付け祭りに公開される笠鉾や屋台の曳行(えいこう)と、曳行のための秩父屋台囃子(ちちぶやたいばやし)、屋台上の秩父歌舞伎や曳踊り等の一連の行事

4.秩父夜祭はいつ始まったのか?

一説には、知知夫国に知知夫彦が大神を祭った秩父神社の創建と同時期と言われ
また、一説には、武甲山への信仰としてそれ以前から行われていたのではないかとも言われます。

5.秩父夜祭の言い伝えとして以下のことが言われています。

1)一説には、御田植祭で秩父市中町の秩父今宮神社の境内にある武甲山から湧き出た水(水幣)を、その年の収穫を祝うと同時に武甲山に還す祭と伝えられている。

秩父今宮神社
秩父今宮神社

秩父神社 御田植祭とは? 

境内を神田に見たて、田植歌を歌いながら田植えの所作を演じ豊作を祈願するものである。
現在は4月4日午後1時に御田植祭が始まる。本殿にて祭典が行われた後、笛、太鼓の音とともに御神幸行列は秩父市中町に鎮座する今宮神社へと向かい、今宮神社にて水乞いの神事が行われる。
そして水幣を奉持して再び秩父神社に戻り、鳥居下に置かれたワラで作った竜神にこの水幣を差し立て神田に水を満たす。拝殿で配膳の儀が行われ、その後境内で白装束の神部が「苗代づくり」から「本田づくり」まで稲作の作業過程を演じ、田植歌をうたいながら田植えの所作が演じられる。餅が入った供物が参列者に配られ神事の終了となる。
2009年(平成21年)3月17日、埼玉県の無形民俗無形文化財に指定された。

2)一説には、武甲山の男神(蛇神・蔵王権現)と秩父神社の女神(妙見菩薩)が年に一度の逢瀬を楽しむというものである。

最も知れ渡っている有名な伝説は武甲山の男神(蛇神・蔵王権現)と秩父神社の女神(妙見菩薩)が年に一度の逢瀬を楽しむというものである。男神には正妻がいて、神幸路の途中にある番場町諏訪神社の八坂刀売命であるとされる。2日に行われる「番場町諏訪渡り」は、年に1度の逢瀬を楽しむ許可を求める祭礼だといわれている。また、御神幸祭のときには諏訪神社の前を通過する際、各町会の山車は正妻の女神を怒らせないように例外的に屋台囃子の演奏を止め数メートルすすむ。この風習も諏訪渡りと呼ばれている。

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